「長鶴池と猫と蛇」

2013/07/18

愛知県立芸術大学名誉教授

愛知県立芸術大学元美術学部長

  大谷 茂暢


いまごろです。大学が夏休みに入る前の長鶴池は水がいっぱいで、カイツブリのなきごえが朝からきこえました。秋になると水面をゆくカイツブリたちの数がふえたりして季節の移り変わりが感じられるこのキャンパスを私はとても気に入っていました。

昭和47年に非常勤講師としてデザインの授業のいくつかを担当し始めて以来、平成19年に教授として退職するまでの36年間、私はこのキャンパスに惚れ込んできたといって過言ではないでしょう。ジョギングによくいった運動場では晴れた月のない夜には、金星の光でできた自分の影が一緒にさきを行くのです。金星は相当明るいです。夏は暑い。標高が少し高いのと樹木が多いせいか名古屋市内よりすこし気温はひくいけれど冷房が入る音楽学部がうらやましかった。楽器がいたむからと云う説明でしたね。公立学校には冷房はないともいわれました。人間はいたまないからな、といいながら美術学部は我慢したのです。他学部の学生は立ち入り禁止という掲示がでたというはなしもあった。美術学部と音楽学部しかないのでそれは俺たちの事だよな、と学生達は憤慨しつつ面白がっていた。猫がかなりいました。美術のグループと音楽のグループとあってこの猫達は両学部からほぼ等距離にある学生食堂を境界にしていたようです。大学が休みになると学生達がこなくなるので猫達はおなかがすくだろうかわいそうと思いキャットフードをあげていましたが、あるとき口笛をヒューとやったら一発で憶えられてしまった。それからはヒューで美術所属猫は全員集合です。あちこちから放射状にスットンデクル。一カ所にドンとまとめてあげると強い奴からたべるので思いついた。長く一列にならべてあげると皆さん横一列になってお食事です。その内、一匹が食事はそこそこに後をついてくるようになった。家までこられると面倒なのであちこち回り道してまいていたのに、ある日家に入るところを見られてしまった。待ち伏せして隠れていたのかも知れない。その数日後の夕方、ナント、家にゆく道のまんなかに猫達が6〜7匹横一列になってこちらむきに座っているのです。これには驚いた。猫はすごい。この家は大学内に6棟ある公舎のひとつで、朝日がのぼると壁のあいだからマブシクそれが見えるし、大雨がふると屋根のまんなかという信じられないところからバケツで受けるくらい雨漏りしたこともあった、しかし地震には強かった。相当大きい奴でもユラーリという感じにゆれるだけ。地形から浮かして床とおなじ面積で水平に設置された一体型コンクリート盤に載っている木造住宅でその構造が理由でしょう。大学の建物は、全てそれぞれがユニークな設計となっていながら全体として美しく調和がとれていて、このキャンパスは国内外から高く評価されているのですが、個々にはいろいろ問題はある。それが最低限の補修しかされないので抜本的解決改善とはならず、いっそ全部を建て替えたら良いと平成11年でしたっけ、大学から県に建て替え計画案を出したところ愛知万博があるので出来ないとことわられた。そのあと、平成19年からの法人化を契機に施設整備をして博士課程をつくろうと計画し県と交渉したが、今度はそれらは法人化後に検討すると先送りされた。長年にわたって全面的建て替えの考えが大学内にあったということですが、私が退職した平成19年3月までではキャンパスは残して使う方が良いという意見が美術学部では多かった。しかし、

(1)鉄筋コンクリートは30年しかもたない。

(2)補修して使おうというが、それが何年もつかはわからない。

(3)補修しなければならないところが出続けるにちがいない。

(4)だから、法人に県から引き渡される前にすべて新築にしてもらったほうがあと

   あとの面倒がないし、補修にお金がかからない。

(5)補修して使うのでは基本的に古いままの建物となる。それよりは新しいものの

   ほうが良いに決まっている。

(6)今のキャンパスの記念に講義棟の一部を切り取って残しておけば良い。

などとキャンパス全体の価値に目をむけない意見もあった。それが法人化された平成19年の秋の教員展に施設整備委員長名で発表された全面的建て替え案につながっているのでしょう。後になって必要な全体ヴォリュームを示したものにすぎないとの説明に変化したが、本当はそうではないことの証明が現新音楽学部棟とその建設場所で示されている。その後、ビジョン検討会、マスタープラン検討会を経て今後は改修という方針で施設整備を行うとされていますが、それには慎重な調査と改善案の検討が必要です。改修であるならあの自然と一体となった美しいキャンパスはこれ以上破壊されないでしょう。退職にともなってあけた公舎の鍵を事務局に返した帰り、これでお別れだねと思いながら歩いていたところ道の左側をずっとヤマカガシが同じ方向に進むのです。光栄にも、お見送りいただいたようです。